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平和コラム

核兵器廃絶を求める「平和の波」に呼応して

原水爆禁止世界大会の参加者の感想文を紹介します

原水爆禁止2017年世界大会に参加して  南多摩支部 桜ケ丘第一保育園分会 市來 愛 さん 

今回の原水禁世界大会をきっかけに、初めて長崎に足を運びました。もちろん世界大会への参加も初めてのことです。2日目の分科会では、動く分科会「被爆遺構めぐり」に参加をさせていただきました。
集合場所であった松山町・爆心地公園をはじめに、爆風被害の大きかった長崎医科大学、浦上天主堂、平和の泉、長崎市原子爆弾無縁死没者追悼祈念堂を歩いてめぐりました。自分の足で歩いていき、自分の足でその地に立ち、自分の目で見る碑石や原爆の爪痕は、当時の被害の大きさ、原爆、爆風の恐ろしさ、悲惨さを大変強く感じられるものでした。72年前、確かにこの地に原爆が投下され、一瞬で多くの命が奪われ、生き残られた被爆者の方々の心と体にも爪痕を残したのか…そう思うと非常に恐ろしく、悲しく、息苦しさを感じ、立ち尽くしてしまう程です。

「長崎市原子爆弾無縁死没者追悼祈念堂」には名前の分からない多くの方々の遺骨が安置されているという事ですが、階段を上り黙祷をした時は、その場の空気が非常に重たく感じられ、被爆された方のお話を聞いた後だったこともあり悲しい気持ちがこみ上げ目に涙が浮かび、目を開けた後も足がすぐには動きませんでした。
被爆された方である大塚さんの話の中で、「セミの声が恐ろしい、8月は大嫌いだ。セミの声を聴くと今でもあの時一緒にいた(亡くなった)友の声が聞こえる気がする。」と大塚さんはおっしゃっていました。また、「あの日は、生きる苦しみの始まりだ。」ともおしゃっており、当時の出来事や見たもの、色、臭いなど多くのお話を、時折涙をぬぐいながら話してくださいました。大塚さんに限らず、被爆者の方々の多くは、当時の情景や音、嫌な臭いなどを覚えている。その辛さは計り知れません。そんな辛いことを思い出しながら、苦しい気持ちになりながら、お話をしてくださっていると考えると、この貴重な時間を私は少しも無駄にしてはならないと強く思いました。
  
被爆者の方々はみな口をそろえておしゃっていました、「私たちに残された時間はもう長くはない。
だからこれからは、ここにいる皆さんに原爆の恐ろしさや私たちのことを語り継いでいてほしい。」「まずは知ることから始めてほしい。」「長崎を最後の被爆地に。核兵器の廃止を。」と。

被爆者の方々の平均年齢が80代を超えた今、核のない平和な世界を願いながら命を落とされた方もいます。そんな今私たちができること、すべきことは、核の恐ろしさやあの日の出来事をもっと知り、周りや次の世代に語り継いでいく事、平和のための活動を根気強く続けていく事だと今までで一番強く思いました。平和を願い平和を愛すためにも、あの日の出来事と今も続く苦しみを私たちは知らなければならない。「長崎を最後の被爆地に」「微力ではあるが無力ではない」「核をなくせるのも人間だけだ」これらの言葉を胸に、思いをより一つに、みんなで行動し声を上げていきたい。そう強く思えた3日間でした。学びと平和への思いに溢れた3日間でした。カンパや折鶴の御協力、ありがとうございました。

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